き坊のノート 目次

 ホソカタムシの糞 



《 1 浅間山公園のヨコモンヒメヒラタホソカタムシ》


都立浅間山公園(府中市)でホソカタムシの生態写真を撮りはじめて3ヵ月、3種目となったのが「ヨコモンヒメヒラタホソカタムシ」である。特徴ある斑紋があるので、種名はまちがいないだろうと思っている。下図は2匹が寄り添っているところ、体長は、図鑑(北隆館旧版)によると「2.5mm内外」であるのでかなり小さい。撮影は9月17日(2012)の朝。


上図は、公園内の散策路にある直径30cmほどの切株の表面での撮影である(下図)。ただし、下図は上と同日の撮影ではなくすこし表面が乾きぎみの日であった。上図のときには、切株の表面がすこしぬるぬるするような湿り気があった。ホソカタムシはいつもは木の内部にいて、表面の湿り具合などによって表面に出てくるらしい。表面の苔・地衣類などを食べているようだ(下で述べる)。


実は、この2匹のヨコモンヒメヒラタホソカタムシの1cmほど右にもう1匹、よく似たホソカタムシらしいのがいたのである。下にはそれら3匹が写っている。実は、さらにもう1匹いたのだが、すぐ樹皮の割れ目(下図の上辺に写っている)に入ってしまった。
この3匹はこのあと10分間ほどは安定してこの位置を保っていたので、わたしはレンズ交換したりモノポールを装着したりを大慌てで行い撮影したのだが、間に合った。


最初に掲げた2匹の寄り添っている写真は、この上図の2匹のクローズアップ、残る1匹のクローズアップを次ぎに示す。


ご覧のように、あまりよい写真ではない。しかし、これがベストのものなので、この写真で議論する。
これは、先のヨコモンヒメヒラタホソカタムシと大きさも形もよく似ている。外見上、いちばんの相違は背中(上翅)に 目立つ斑紋がないことである。
そこでわたしは、次のように考えた。これはホソカタムシであって、ヨコモンヒメヒラタホソカタムシの斑紋が出ない色変わりの個体であるか、わたしに未知のホソカタムシであるか、のいずれかであろうと。

この仮定の下に、小論の主題である「ホソカタムシの糞」の議論に進みたい。
ここまでに、クローズアップで3匹のホソカタムシを示したが、そのいずれについても尻の位置に黒い不定形のものがある。黒々として艶もある。わたしは、これはホソカタムシの糞じゃないのか、と思った。いかにも糞のように見えるのだが、それを確かめる方法がない。

3匹ともに黒い塊があるので、もしこの黒い物体がホソカタムシと無関係なものであれば、その蓋然性(3匹の尻の位置にそれぞれがある確率)はかなり低いと思われる。ただし、この朝は、この切株から10mほど離れた切株でも同じヨコモンヒメヒラタホソカタムシ2匹を観察しているが(《3》で示す)、そこには黒い物体はなかった。

しかし自分が写してきた写真をくり返し眺めているうちに、この黒い物体はホソカタムシの糞以外にはまず考えられないとすべき証拠が、写真の中に写っていたことに気づいた。


《 2 糞である証拠》


わたしがフィールドで感じるデジタルカメラの利点は、
(1)撮影した映像をすぐその場で見ることができること、

(2)気楽に多数の枚数を写すことができること、
の2つの点である。(1)は失敗映像をチェックできるが、カメラの小さなモニター画面でしか確かめられないので、じつはとても限定的である(詳細は省く)。(2)が昆虫写真にとってはとても重要である。

わたしはこの日(9/17)にカメラ(オリンパスE-30)に入れていたメモリーは8Gbで、このカメラの最高品位で1200余枚の撮影が可能である。実際に撮影してみた過去の経験では、わたしはどんなに写しても1日で500枚を超えるのは難しい、と思う。連写モードをある程度使うとしても、被写体を狙い、画面に収めてシャッターを切るという集中力を必要とする作業をそんなに持続できないのである。ある程度写すと、疲れてきて、どうでもよくなってくる。帰宅してPCのモニター上で精査して、不要なものを捨てるなどの作業が待っていると思うと、適当なところで切り上げる。興味深い対象にぶつかって、夢中になって撮り、かなりがんばったという場合でも200〜300枚ほどがたいてい限度である。
したがって、8Gb、1200余枚というのは数日分がゆっくり納まるぐらいの容量である。つまり、わたしはフィールドで枚数のことは考えずに好きなだけシャッターを切ってよいという条件下にある、ということなのである。

この日もわたしは切株上にホソカタムシを見つけて、確かなピントで色彩も再現性よく写すことに精一杯集中し努力した。そのために、立つ位置を変えカメラ位置を工夫し、ブレがないような工夫をし(わたしはカメラに30cmほどのモノポールをつけているが、それを堅固な場所に突き、可能なら肘を切株表面なり立木にあて、ヒザや腰を可能なら固定できるものに接触させる、等)、フラッシュを使ったり使わなかったりでシャッターを切る。

そのようにしてこの日も面白く撮影をしたが(ただし、薮蚊と闘いながら)、わたしは現場で〈ホソカタムシの糞〉にはまったく気づいていなかったのである。すべては後知恵なのである。帰宅してPCのモニターの前で始めて“こいつは糞なんじゃないか”と気づく。それから、この〈糞〉らしきものが写っているファイルを探す。
このヨコモンヒメヒラタホソカタムシとおぼしき個体が写っている写真を、わたしは10分間ほどのあいだに10枚ほど写していた。それらを、ほぼ同一の位置関係になるように画像に手を加えて並べたが、元の像は撮影の距離や角度が異なるものであることを頭に入れておいて欲しい。いうまでもなく〈糞〉にピントが合っていないのは、それに気づいていなかったのだから仕方がない。
その上で、時間順に並べたつぎの6枚をよく見てもらいたい。白数字は撮影時刻の分:秒である。

撮影時刻 9月17日(2012) 午前8時44分38秒〜52分06秒7分28秒間













4枚目(51:48)と5枚目(52:05)に明瞭な違いが生じている。その17秒間に黒い物体(B)が増えている。もちろん6枚目にもそれは残っている。
この17秒間にホソカタムシが新たに糞をしたと見なすべきであろう。5枚目で表れた黒い横棒(B)は、できたてホヤホヤの(というのは恒温動物のイメージだけど)糞なのである。ホソカタムシの体長を2.5mmとすると、この黒い横棒(B)は0.5mm程度である。

頭部をわずかずつ左右に振りながら切株表面の微細な表層構造を舐めているように感じられる。舐めるのか噛るのか、黒緑色の苔のようなものが見えているが、このホソカタムシは半分枯れた樹木の内部から表面に出てきて、このようなものを食べているのであろう。

3匹とも同じように黒い糞塊があることから、この切株の3匹はしばらくの間ここでこの採餌行動を継続していたものと考えられる。10mほど離れた切株のヨコモンヒメヒラタホソカタムシには糞塊を伴っていなかったのであるが、それは採餌行動の違いとして理解することができる(《3》で述べる)。

少し細かいことをいうと、一度の排泄量・長さ0.5mm程度の黒い棒を出すのに、どれくらいの採餌時間が先行しているのだろうか。5枚目(52:05)がとらえた排泄のひとつ前の排泄がいつごろに行われたか、という問題である。
1,2枚目の糞塊のなかに、糞でできた小さな丸が見えている。ところが、3枚目(50:58)には丸が見えず、その上に新たに横棒(A)が乗ってきているように見える。撮影角度が異なるので確定的には言えないが、この横棒(A)は排泄(B)のひとつ前の排泄ではないだろうか。もしそうなら、この2回の排泄の間隔は、3分間程度としていいだろう(厳密に云うと最長5分、最短1分なので、その中をとる)。
糞塊の全量は、みたところ一度の排泄量の10倍程度はありそうだから、すくなくとも30分間程度をここで採餌行動をしていたと推定できる。(同一場所である程度安定して採餌し続けることがある、という観測を述べるのが主旨で、時間の長さにはこだわらない)

黒い糞塊の様子が3匹とも同様であることから、この3匹が同一行動をとっていたらしいと考えられるが、とすると、先の仮定のうち、この個体はヨコモンヒメヒラタホソカタムシの斑紋が出ない色変わりの個体と考えておきたい。


《 3 その他のこと》


浅間山公園でこれまでにわたしがすでに撮影できているホソカタムシは次の2種である。




3種とも、都会の公園などにも分布しているごく普通種のホソカタムシである(いずれも青木淳一『ホソカタムシの誘惑』のR10、ランク10)。

図鑑によるとツヤケシヒメホソカタムシは2.2〜3mm、ツヤナガヒラタホソカタムシは3.5mm、既述のようにヨコモンヒメヒラタホソカタムシは2.5mm内外。
わたしが浅間山公園で出会っている2〜4oのホソカタムシというのは、かなり小さなものである。その小ささを実感してもらうのに、次の写真は効果的だろう。クロオオアリの働き蟻らしいのがヨコモンヒメヒラタホソカタムシとおぼしき奴の横を跨ぐようにして通過していった。


マクロ撮影をしていると、こういうことは間々起こる。わたしはとっさにシャッターを切ったのだが、だいぶ遅れたタイミングになっている。このアリは1.5cm位の体長があると思うが、巨大に見える。

同じときに、先の切株から10mほど離れたところの切株で、同種のヨコモンヒメヒラタホソカタムシを写した。脇を動いていくのはヒメヤスデの一種か(2〜3cm)。見えているのはしっぽで、右上方へ移動して行った。


上図の右にいる個体(映像はぼけている)をクローズアップしたのが下図(背後の黄褐色に見える毛根のような植物組織の形で、上図と下図が互いに該当しあっていることが分かる)。背中の斑紋がとてもきれいだ。


もしこのヨコモンヒメヒラタホソカタムシがこの位置で落ち着いて採餌行動を続ければ、このあと黒々とした糞塊ができるのであろう。もし上で行った推定が合っていれば、3分間程度待っていれば、脱糞の瞬間を目にできるかも知れない。わたしはこのときにはそういう知識はまったくなく、初めて出会った美麗なホソカタムシらしい虫を写すのに精一杯で、カメラの技術的なこと以外何も考えていなかった。それなので、ちゃんとピントの合った写真が撮れていれば、それで満足して他の対象へ目を移していった。生物的な知識が乏しいと、昆虫カメラマンの行動はだいたいそんなものである。

ところでこの写真は初めに掲げた切株から10mほど離れた切株で撮った。体長2.5mmのホソカタムシにとっては、この2つの切株は日常生活としてはまったく隔絶した別の小宇宙のようなものであろう。それが、同じときに同じような採餌行動のために切株の表面に出てきているのである。気温や湿度などの微妙な条件が存在して、これら微小昆虫の行動を決めていると考えられる。もちろん時間や季節も関係していよう。

浅間山公園の切株の中には必ずいるはずのツヤケシヒメホソカタムシもツヤナガヒラタホソカタムシも、この日は目にすることができなかった。当然のことながら、種によっても行動は違っているのである。

◇+◇

ホソカタムシを調べるのに、まず枯木の樹皮をはぎ材を割って・・・という発想が普通だろう。青木淳一『ホソカタムシの誘惑』には枯木の下に白布をひろげて、樹皮表面をブラッシングする法、枝をよく叩く法、殺虫剤を噴霧する法など、いろいろと工夫が述べてある。これらは、いずれも、〈虫を採集する〉ことを前提にしている。研究者にとってはこれは必須であろう。

わたしのように、ホソカタムシに関して生態写真を試みる人は少ないようであるが、ホソカタムシ自体がとても美しいこと、好都合なことに動きが緩慢なので撮影の対象になりやすいことなど、しばらく挑戦してみようかと思う。採集する方法では知ることのできないホソカタムシの生態に、デジタルカメラの利点を生かして、初心者は初心者なりに近づいてみたい。

◇+◇


《ホソカタムシの糞》  おわり
最終更新 9/27-2012 き坊

き坊のノート 目次

inserted by FC2 system