10年後には、子どもたちの創造が現代言語学で評判となっていた。ニカラグア手話(専門家にはI.S.N. すなわち Idioma de Signos Nicaragense として知られている)は、外部の学者によって熱心に解読されてきた。学者たちは好奇心いっぱいで語法を解説するのであるが、彼らはみな共通に、言語学者のノーム・チョムスキーがすべての言語に要求した構造である「普遍文法」を信奉していた。スティーブン・ピンカーは『言語を生みだす本能 The Language Instinct』の著者であるが、マナグアで起こったことは、言語獲得が人間の脳のなかの生得的能力によることを証明していると述べた。「ニカラグアで起こったことは完全に歴史上唯一無二だ」と彼は続けた。「われわれは、子どもが――大人ではない――どうやって言語を創造したのかをずっと見守り続けることができている。そして、起こったことの膨大で科学的な詳細を記録し続けている。そして、何もないところから言語が生成されるのをわれわれは実際に見てきていること、それは最初でただ一度の機会だ。」
年少の子どもたちが使う手話が年長の生徒たちのよりもよりニュアンスに富んでいることは、一目見て明らかなことだった。たとえば、ビラ・リバータッドの10代のピジン的なサイナー[signer]に対する基礎的ジェスチャー ―― 4本の指を開きまた閉じ、親指は口の前にある。年少の子どもたちは同じ手話を使うが、変化させている。話者の方向で指を開き、受け手の方向で閉じる。ケーグルにとって、この一見小さな相違は非常に大きな意味を持っていた。「これは動詞の一致でした」とかの女は言う、「そしてかれらはそれをまるで流れるように使っていた。」同様に、クーマル物語を再話するのに、年少の子どもらは言語学者が動詞の「空間一致」と呼んでいるものを表現できていた。彼らが動詞「落ちる」を使うとき、――「クーマル氏が山から転げ落ちる」の場合に――彼らはクーマル氏が落ちることと彼が転げ落ちつつあるということ[ Mr. Koumal's falling and what he was falling down]のふたつを関連づけていた。これらの雄弁なサイナーたちは、まず一方の手を空中に持ち上げて「山の頂上」を示し、それからこの高さから「落ちる」という手話をはじめた、空想の坂を転げ落ちるまで手をあちこちに反転させていた。
年少と年長のサイナーの間で見られるこの相違は何を示しているのだろうか。後にさまざまな言語学の雑誌で流布されたのだが、ケーグルの理論では、ホームサイナーが最初の集団で、彼らが集まってきて基礎的ピジンが使われだした。それは、言語学者の間では Lenguaje de Signos Nicaragense として知られている[LSN]。これが彼女が年長生徒の間で観察した比較的粗雑な手話である。それから、5,6歳のとても若い子どもたちが学校制度に入ってきた。年長の仲間からピジンをたちまち習得してしまうと、彼らはそれを、まったくの無意識のうちに、はるかに高い水準にもちあげてしまった。この改訂版は、速く、優雅に組織だっている言語で、ケーグルがマイエラ・リバスのちっちゃな指から飛びはねて出ているのを見たものである。これこそは、イディオマ idioma もしくはニカラグア手話として知られるようになったものである。これらの明白に区別される3つの水準―― home signs[家庭の身ぶり言葉]、lenguaje[ピジン的手話]、idioma[ニカラグア手話] ――は、進化の段階を表している。パントマイムから、ピジンへ、言語へ。「この場合には現実の言語は」と彼女は言う、「最初にピジン的手話にさらされた幼い子どもたちからだけ出現した」
10年以上の研究の後、ケーグルとアン・センハスはその柔軟性で顕著な表現形式を解読することができた。たとえば、動詞はゴムのバンドのように、すべての種類の名詞や前置詞を含んで伸びることができる。「クーマル氏は鳥のように飛ぶ」の物語の中では、子どもたちは一列に並んで狡猾なチェコ人にそれぞれ自分の卵を与えて、彼のインディアンの髪飾りひとつと交換する。この動作は一つの動詞の手話サインで表される。すなわち、卵の形に手が曲げられ、体から2度はね返り、そして鋭く上へ曲がる。この一つの手話サインを逐語的に英訳すれば「一列に並んだ各人が、卵の形をした物をそれぞれひとりの大人に与える」となるだろう。更にもっと奇妙なことは、ニカラグア手話の前置詞は動詞のように働くということだ。だから、英語話者が「コップがテーブルの上にある[The cup is on the table.]」と言ったとしよう。ニカラグアのサイナーは、「テーブルがコップを乗せる[Table cup ons.]」とでも言うような手話を行う。それゆえ動詞と前置詞が変幻自在であり、これに似た話される言語は、ナバホ語など、ごく少数しかない。
しかし、アレマンがなにも書かれていない石版に戻ることは決してないだろう。彼は、若く動的に発展しつつある言語の中心に立っていて、その言語はいまいくつかの方言と変異に枝分かれしつつある。すべての生きている言語と同じく、ニカラグア手話は柔軟で、欲得ずくであり、気楽に枝分かれしていく――熟語やスラングやさらに基本名詞であろうとも、気に入ればどこであろうとも拾いあげる。さらに「街角」方言というのも存在する。それはときに猥褻すぎて、ニカラグア民族ろう者連盟[ Nicaraguan National Association of the Deaf]の公式な認定から離れていく。
それにもかかわらず、この「A Linguistic Big Bang」を訳してみようと思ったのは、1980年代のろう児たちによる「ニカラグア手話の創造」という驚くべき事実のみ喧伝され、その実際を知る資料が非常に乏しいことに気づいたからである。多くの日本文の論評をみても、スティーブン・ピンカー『言語を生みだす本能』(NHKブックス)のなかの数頁の孫引きが多い。
おそらく、言語学の専門分野では詳細な研究書が出版されているのであろうが、日本の読書人を稗益するような訳書やすぐれた解説書は見ていない(斉藤くるみ『視覚言語の世界』の参考文献に何冊かでている)。その出現を期待するものである。