き坊の ノート 目次

スステン 検討





この小論「スステン検討」は、わたしの「南紀旅行」の中でとりあげている「ハマダイコンの中を跳躍するイタチ」という写真について、その写真の動物はイタチではないのではないか、という疑問に基づいて書いたものです。ですから、「南紀旅行」を見ておられない方は、そちらを先にご覧になってから小論を読んでくださることをお勧めします。


(1) 「イタチ」への疑問 その(1):大きさ
 増井光子『日本の動物』(小学館1976)のホンドイタチの項目を見ると、イタチというものはわたしが考えていたより大きさがかなり小さい
細長いかっ色の小動物で、おすで、頭胴長30~35㎝尾長約12㎝、体重400~500gである。いっぽう、めすは頭胴長約23㎝、尾長約8㎝、体重150~200gで、オスの半分ぐらいしかない。
一番大きい場合でも、頭から尾まで47㎝で、50㎝未満である。次図は、前に掲げた「ハマダイコンの中を跳躍するイタチ」の再掲である。



この写真をよく見てもらいたい。ハマダイコンの大きいものは草丈50㎝から、中には1m近いものもあっただろうと、思う。それと比較すると、この「イタチ」は1m近い大きさと思える。
この写真を写すときに、わたしはノウサギを見ている(その撮影には失敗)。それは「イタチ」より一回りは小さく見えたが、『日本の動物』では頭胴長40~46㎝としているので、むしろイタチより大きいのである。ただ、チョウセンイタチが1930年頃日本に持ち込まれ、それが殖えてホンドイタチを圧迫しているのだそうだが、チョウセンイタチは「ホンドイタチより大きく、毛が荒く、口の白斑がはっきり目立つ」という(前掲書)。
わたしが以下で取り上げるテンはイタチより大きい動物である。前掲書によると、テンの「大きさは、頭胴長約46㎝、尾長約20㎝、体重は1.5㎏ぐらい」としている。全長66㎝という計算になる。
日本にテンは3種おり、北海道にエゾクロテン、本州、四国、九州にホンドテン、対馬にツシマテン。ホンドテンに色調の違いで区別できる2種類があり、冬に黄色になるキテンと冬でも灰褐色のままのスステンとがある、という。テンは森林地帯にすみ、胴が長く、四肢は短い。・・・・・・夜行性で木登りがうまい。(前掲書)
『学生版日本動物図鑑』(北隆館1981)ではホンドテンについて「色彩によって、スステン、暗色型、キテンの3型がある」としている。

スステンは「煤貂」の意だろう。ホンドテンの中の2型または3型については、亜種であるのかどうか、色彩だけの差異なのかどうか、などよく判っていないらしい。また、2型に分類するのか3型に分類するのか、『日本の動物』と『学生版日本動物図鑑』というような素人向けの非専門書でさえ意見が分かれていることから、スステンとキテンの違いについてあまり厳格に考えない方が実状にあっていると考えたい。これらの夏毛の違いは図鑑によれば明瞭であるが、それらの中間型があるのかもしれない(暗色型とはそのことなのか?)という弾力的な判断もしよう、という立場である。

(2) 「イタチ」への疑問 その(2):尾の先が白い
 上記写真ではっきり分かるが、尾端が白くなっている。『日本の動物』によると、ホンドイタチもチョウセンイタチも白い部分は口の周辺、あご下のあたりに限られる。それ以外は、全身ほぼ茶褐色である。背と腹で茶褐色の濃淡に違いがあること、夏毛と冬毛、ホンドとチョウセンで色合いの違いがあることなどの注意は必要だろうが、尾の先端に白いところがあるという特徴はない。前掲書によると、尾端の白毛の特徴を持つのは、キテン夏毛とスステンの2種である(キツネも尾端白毛だが、耳や体型から除外される)。

上掲の「ハマダイコンの中を跳躍するイタチ」以外にわたしは、このときこの「イタチ」(同一個体)をねらってシャッターを3回切っている。カメラぶれやピント、被写体の姿勢や位置などからいずれも不満のある写真だった。が、「イタチ」の種類の検討には使えると思うので、トリミングして掲げてみる。
そのうち右の2枚は、尾端白毛の特徴がはっきりとらえられる。また、頭部から首にかけての色合いなどを考えるのに参考になろう。

この2枚とも、両足をそろえて疾駆している躍動感が、野生動物らしいたくましさとともに、伝わってくる。トリミングしてみるとけっこうスピード感も出ているなあ、と自画自賛。


(3) 「イタチ」への疑問 その(3):口の回りは黒い
上掲2枚の「疾駆するイタチ」に加えて、右のやや正面からの写真を挙げて顔の様子を検討してみる。この写真は上の2つより明るくして、黒くつぶれているところを分離しようとしているので、体色が白っぽく見えている。

この写真には左右の目が写っており、目線が前方へしっかり向いていることがわかる。そして、両目の下に鼻筋がきちんと写っている。鼻筋の右側(左目の下)に額部と同じ色合いの灰色のところがあり、更にその下には本当に黒いところがあり、それが口の回りを全体として覆っていることがわかる。目の下の灰色の部分には、目頭から黒い線が出ていて、灰色部分が2つに分かれているように見える。この点は、上の「疾駆」2枚でも確かめられる。
だが、その灰色部分の下の口の周辺部は黒くて、濃淡さえ見えないしっかりした黒一色になっている。そのよう見える。
口の左側(「イタチ」の右側面)に、ちょっと赤みを帯びた突起状のものが見えるが、これは不明である。右足先端部、舌、何かくわえている、背景の異物、などいろいろ想像されるが、この写真だけで決定的なことを言うのは難しい。しかし、右足先端部が一番ありそうだ、とわたしは考えている。

ところが「疾駆(上)」の口のあたりを見ると、いくらか白っぽいところがある。その点をはっきりさせるために、左図は、頭部をトリミングし拡大したもの(明るさ・色合いを変えている)である。これによると、鼻の周辺や下あごは黒く、その間にやや白っぽいところがある。「疾駆(下)」や「正面」にはこの白っぽいものが見えないので、これはすこし口を開いて歯が見えていると考えるのが妥当ではないだろうか。そう考えて、「疾駆(上)」と「疾駆(下)」を見比べると、(上)のほうが(下)にくらべて口を開いているように思える。そして、鼻の周辺や口を取り巻く部位(くちびる)に白いところはないと考えられる。

以上によりわたしは、これら3枚の写真(疾駆2,正面1)から、口辺に白い部分が見あたらないことを結論したい。イタチの「あご下は白っぽく、目のまわりが黒い」(前掲書)という特徴が、この「イタチ」にはない。逆に、ホンドテン(キテン夏毛、スステン)では口辺に白い部分がなく、キテンは「顔が黒い」とされる(前掲書)。スステンは目の下から口辺はいくらか濃淡のついた黒褐色で記載されている(前掲書)。したがって、わが「イタチ」はイタチには合致せず、ホンドテンには合致していると言える。

(4) 「イタチ」への疑問 その(4):首と頭部の色
 4枚示した「イタチ」の写真すべてに共通して認められることは、頭部から首にかけて灰色に写っている部分があることである。背中の全体が首からしっぽまで単に茶色になっているのではなく、頭部と首部(耳の間から、少し背中の方まで侵入している)にはっきりと灰色の明るい部分があることである。口辺の黒色と背中の褐色の間には、明るい灰色に見える色の異なる部分が存在していること、これは明かであって否定できないと思う。ここまで述べてきた四つ足のなかで、この特徴を持っているのは、スステンのみである。キテン夏毛には頭部から首にかけて灰色のところはない(『日本の動物』の絵による)。

(5) 「テン」説への疑問:活動時間と場所
 上に述べたように、写真の「イタチ」は大きさ・尾端白毛・口辺黒色・頭首部灰色の特徴によって、いずれもスステンの特徴を指し示していることが分かった。キテン夏毛は、頭首部灰色の特徴がないことで否定される(否定の理由はこれだけなので、否定の根拠はやや弱い)。もちろん、これらのいずれもイタチの特徴とは反している。
したがって、これだけの身体的特徴で、ホンドテン(おそらくはスステン)と断定してよいとわたしは思うが、実際のところ、わたしがこの動物を一見して「イタチ」と考えたのには理由がある。それについて述べておく。

わたしは先入観的に、テンは(1)夜行性であり(2)森林地帯にいると考えていた。だから、昼間、浜辺を走り回るなどとは考えていなかった。“昼間、浜辺を走る胴の長い茶色の四つ足、これはイタチに違いない”と決め込んでしまっていた。わたしは小学校時代を山陰の山村で暮らしたが、2kmの通学路の途中で、はるか前方をピュッと横切る茶色の線が見えるのは日常的なことだった。それがイタチだと教えられていたので、イタチにはなじみがあり、また昼活動することがあるのを体験的に知っていたわけである。
すでに引用したように『日本の動物』でも、「テンは森林地帯にすみ、・・・・・・夜行性で木登りがうまい」としていた。だから、わたしが自分で写した動物を「イタチ」と決め込み、「テン」について当初検討もしなかったのは、初心者として仕方がなかったと思う。また、実際のところプリントアウトした写真「跳躍」を何人かの地元の人に見ていただいたが、「イタチ」を疑う方はなかった。

しかし、テンが夜行性だからといって昼間行動することがないとは言えないのではないか。森林地帯にすむからといって、森林から離れることがないとは言えないのではないか。わたしは、このように考えることにした。昼間にテンがノウサギを追うこともあり得るし、森林から離れて浜辺に出てくることもあるのだ、・・・・・・と考えることにした。そう考えないとつじつまが合わないから。

増井光子『野生動物に会いたくて』(八坂書房1996)は、日本の野生動物(四つ足動物)について増井さんの経験をもとにして述べてある好著。その中に、下のような記述を見つけた。
  • テンは木登りも得意で、枝から枝へ3メートルも跳び移ることができますが、その活動の主な場所は地上です。(p183)
  • テンは一般に夜行性ですが、日中も活動するのを見ることもあります。活動は人や他の動物の活動時間によっても影響を受けます。(p185)
今泉忠明『イタチとテン』(自由国民社1986)は、イタチ科の動物について広く知識をまとめてあって、他に類書がないと思う。民俗的な記述も面白い。今泉さんが何度も嘆いているが、日本のイタチやテンについての(それらに限らないのだが)基礎的な研究がお寒い限りで、研究者自身のたまさかの見聞や、猟師やアマチュア研究家からの伝聞を除くとほとんどアメリカなどの研究にたよるしかないのだそうだ。同書の今泉さんの記述から。

  • テンは森に住んでいる。・・・・亜高山帯や寒冷の地方に発達する、トドマツやシラビソなどの暗い針葉樹林を徘徊する。だがテンは、その質の良い毛皮のイメージから寒いところを好むと思われがちだが、必ずしもそうではない。海岸近くから低山帯に、あるいは温暖な地方に見られる、シイやカシのうっそうとした常緑樹林も彼らの生息地だ。(p96)
和歌山県にスステンが生存することは、大島和男さんのいきものウォッチリンク切れです)で確かめた。同サイトからの引用。

  • そのキテンとスステン、違いは色だけなのか、どうして違いが出るのか、よくわかっていない。
    キテンは一般に北に行くほど色がきれいになるというが、南の方でも場所によって鮮やかな黄色になる。気温、日照、標高と積雪などが複雑に関係するのかもしれない。一方、スステンは夏毛と冬毛は変わらないとも言われる。が、これも定かでない。
    また、スステンは本州でも紀伊半島に多く生息し、四国の一部にもいるというが、DNA鑑定では、キテンとスステンには種レベルの差はないという。両方が交雑したような中間の色目の個体も、今のところ見つかっていない。(強調は引用者)
(6) スステンを撮影した環境と撮影時刻
 わたしがスステンを撮影した場所は、次図のようなところだった。わたしは干上がっている岩礁に腰を下ろしていて、白い丸みのある小石の堆積している浜辺とその上の薮や林地帯を見ている。浜辺の右手低みに海面がわずかに見えていて、白く光っている。この写真はズームなしで偶然に写したものだが、この直後に右手前方の薮から、ノウサギが、ついでスステンが現れたのである。正面やや左にハマダイコンが見える。



最後に、写真の撮影時刻を示しておきます。いずれも、2003年4月2日の11時40分前後のことです。ご覧のように、表の下ほど撮影時刻が早かったことになります。全部で2分7秒間の出来事でした。

写真時:分:秒
跳躍11:42:04
疾駆その111:40:20
疾駆その211:40:10
正面11:40:03
環境11:39:57




【以上】:き坊 7月18日(2003)


【追記】: この「スステン検討」を書いてから10年を経た先日、動物写真家の大島和男さんからメールをいただいた。

上で分かるように、わたしは大島和男さんの「いきものウォッチ」から引用したが、ご連絡しないままであった。
わたしは著書やネット上の作品からの引用などを頻繁に行っているが、どこから引用したかを必ず明記し、原則として作者に連絡をしていない。著書などの場合は書名・出版社・出版年(・必要なら引用個所)を示し、ネット上の作品や資料の場合はリンクする。もちろん引用の内容や引用目的によっては作者にご連絡することもあるが、多くの場合専門家は、公表した著作物からの正当な引用の、いちいちの連絡を煩わしく感じられるだろうと、遠慮している。

大島さんは、たまたま「スステン」に眼をお留めになって、拙文を読んで下さったということのようだった。
大島和男さんからのメールより
写真はイタチではなく確かに日本テンです。
ただスステンかどうかは撮影された季節からは不明です。
なぜならこの季節では全ての毛色のテン(キテン、ドロテン、スステン)はみな同じだからです。真夏はもつと顔が黒くなるようです。
毛色の違いだけで種的には日本テンです。
冬の毛色で呼び名をわけているからです。
真冬でこの写真の色ならスステンです。

ただ紀伊半島のテンはスステンが多いようです。
「スステン検討」を読み返してみると、当時わたしは図書館通いして何とかイタチとテンの区別を学ぼうと勉強していたのだが、肝心の、テンは季節で毛色が変化すること、自分の撮影は4月初旬であること、等をちゃんと押さえていなかったようだ。
大島さんは、紀伊半島はスステンが多いから「スステン」としてもいいけれど、この季節の撮影なら「日本テン」が穏当でしょう、とおっしゃっているようだ。


なお、まことに残念なことに「いきものウォッチ」(読売新聞連載)は目下ネット上にないそうだ。
実地を歩いてこられた方ならではの適切な助言を下さり、さらに、メールから拙サイトへの引用を了承して下さった大島和男さんに深く感謝申し上げます。

追記:き坊 5月20日(2013)


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