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第五巻 34
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甲子燈しん賣

甲子の日此燈真賣る
此燈真賣は婦人
多し

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【甲子燈しん賣 きのえねとうしんうり】

大黒天の縁日である甲子の日に売った灯心。「子灯心 ねとうしん」とも言った。この燈心を買うと、その家が富み栄えるといわれた。

なお、灯心は藺草(いぐさ)の芯の部分(髄)を取り出して作る。それで藺草を灯心草ともいう。藺草を十分に水に浸けた後、固定した刃物に藺草の表皮をあてて引くと、1メートル程度のものが引き出され、それを乾燥する。この作業を「灯心引き」という(奈良県安堵町の灯心引き動画「ここ」、同じく和ロウソクの芯作り「ここ」)。

江戸時代の穢多・非人の支配を任されていた弾左衛門は、その支配以外に幕府から直接命じられた2つの仕事を持っていた。ひとつは太鼓などの革製品であるが、このことはよく知られている。もう一つが幕府へ灯心を納めることであった。毎年500貫を「十一月の初めの子の日」に上納した。
弾左衛門は灯心草の適地である下総と常陸を選び、灯心作りを命じたという。「権現様(家康)の書付」を振りかざしての指示なので、穢多の命令に各藩はしぶしぶ従ったという(塩見鮮一郎編『江戸の下層社会』明石書店1993、p13~16)。
関西方面ではどうだったのか、一般に灯心作りが賎民のものであったのかどうか、よく分かりません。

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