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第六巻 23
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競馬の手遊ひ賣

進む世
駒の足がき工風さへ
早きか勝と
競ふてそ賣

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「工風」は普通は「工夫」だが、晴風は「工風」と書く。その一例水鳥の手遊び

日本で近代競馬が最初に行われたのは文久元年1861 で、横浜で在留外国人らによって催された。その後上野不忍の池に一周1600mのコースが設けられ、洋式競馬が行われている。晴風はいずれかの競馬ブームをとらえているのだろうが、日清戦争後日本の軍馬の強化が叫ばれた時期を反映しているのかも知れない。

「東京競馬会」が設立され、明治39年1906 に馬券発売を政府が「黙許」し競馬ブームが来るが、晴風が『世渡風俗図会』を手放したのは明治37年5月14日以前で(帝国図書館の購入日)、それには間に合わない。その後、馬券発売を可能とする(旧)競馬法が成立したのは、大正12年(1923)3月のことである。

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