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第五巻 46
喜田川季荘『近世風俗誌』(原名 守貞漫稿)第四篇には「紅梅焼」が取りあげられていて、 弘化・嘉永の頃(1844~53)より江戸小市にてこれを売る。その前もこれ有るか、いまだこれを知らず。としている(引用は読み易くした)。晴風は何か拠があったのか、天明(1781~89)頃に何々焼が多くあったとする。 この巻五-13に「文字焼」があった。 『世渡風俗図会』では何々焼は第八卷に多く取り上げられている。 面形焼(八-09)、人形焼(八-21)、軍艦焼(八-25)、紅梅焼(八-81)。名称だけなら小松焼、桃太郎焼が軍艦焼の所に出ている。 |