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第八巻 39
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帰命頂禮  明治三十三四年頃ヨリ来る

此帰妙頂禮ハ若き女子壱人にて
鉦を鳴ら 一寸聞け 巡禮の詠歌
の如くなれど都て皆浄瑠璃の謡物の
よふなる例せ 佐倉宗吾
苅茅道心の
高野山之場の
如く人情的の
作りものをいと
哀に詠する故
耳新くし
面白き貰人也

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「鳴らす」の「す」が脱字。

「帰命頂礼」は、仏教の最敬礼。仏に祈念するとき,その初めに唱える語(大辞林)。この若い女性は、まず「帰命頂礼」と唱えて、ご詠歌の節で浄瑠璃の有名な場面を人情味をこめてひとくさりやった。彼女はご詠歌なら唄えるので、身過ぎ世過ぎに応用したということか。

ここには晴風の訂正の跡が2個所もあるので、それに関連して触れておく。
「帰頂礼」は書き損じで「帰頂礼」と訂正しているが、その個所を示すのに””のような2点列を書いている(2つある「帰妙」のうち初めの方だけ)。この2点列による訂正は「瓠売」(第六巻 28)や、「油売」(第六卷 65)にあった。
もう一種の訂正は””のような曲線を誤字の左に書く方法で、「しもやけの薬」(第六卷 91)や、ここ「帰命頂礼」(第八卷 39)の「浄瑠璃」の「浄」に見られる。「芝神明宮祭礼」(第四卷 08)の「月」を「年」に訂正したところも、同じ訂正じるしだろう。

なお「瓠売」(第六巻 28)ですでに述べたことだが、これらの訂正跡は晴風が『世渡風俗図会』は草稿であって決定稿ではないと考えていたこと(少なくともその全部は)を意味する。『街の姿 江戸編』(大平書屋1983)の出版原稿となった「無題、無署名」の稿本は1983年始めに「神田の古書肆で発見」されたものである(花咲一男『街の姿 江戸編』の「序に代えて――職人尽絵の系譜」)。この発見された稿本について「解題 大平主人」は次のように述べている。
本書(稿本のこと)は又、その丹念な仕上りと、首尾一貫した体裁、さらに不満の線は薄紙を貼って描き直した箇所が十箇所ほどある。などの点から推して、版行を目的に編集、浄書された版下ではなかったかと考えられる。 (同書p19)
このように『街の姿 江戸編』の出版原稿となった稿本と対比すると『世渡風俗図会』の位置づけがはっきりしてくる。(加筆 2019-12/2)
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