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第六巻 28
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瓢賣

弥生の花の頃上野廣小路
邊にて此瓢箪を賣翁を見
かけること毎年なり

 花咲や
 去年も見たる
 瓢賣

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「瓢」は、ひさご。
瓢箪売りは昔からあったと思われるが、明治10年に京都で瓢箪が流行していたという新聞記事があった。
近ごろ西京では、頻りに瓢箪が流行出し(宝丹も流行る)、休日などには、髯さんが眼を光らして、道具屋の隅々まで探し廻る(以下略東京日日新聞 明治10年7月13日
「宝丹 ほうたん」は胃もたれ・胸やけなどの薬だが、瓢箪と音が似ているので記者がふざけたか。「髯さん」は巡査。

「見かけくる」の「久」にはニスイがある様に見えるが、これは書き損じの印だろう。「見かける」。
書き損じの場合、2つ傍点を打つ例が巻六-65「油賣」、巻八-39「帰命頂禮」にある。同系統の印だろうが、レ点らしきのが巻四-08「芝神明宮祭禮」にある。いずれにせよ、これらのマークを残していることは、本稿『世渡風俗図会』が決定稿であると晴風は考えていなかったことを意味している。巻八-39の「帰命頂礼」の項で再論した。

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